過去の演目

第5回 橋弁慶(はしべんけい) / 杜若(阿紀神社)

あらすじ

比叡山西塔の近くに住む武蔵坊弁慶は、ある願事があって、五条の天神へ丑の刻詣をしています。丁度今夜が満願なので出かけようと、従者を呼び出し、その由を申し付けます。すると、従者は昨夜、五条の橋に十二、三歳の少年が出て、通行人を小太刀で斬って廻ったとのことだからと、今夜の参詣をやめるようにいいます。弁慶は「けしからん事だ、大勢で捕まえればいいのに」というと、「いや目にもとまらぬ早業で、広い都にもあれ程の者はない、多分、人間ではなく化生の者だとの事です。近寄ればきっと殺されます」と答えるので、弁慶も一度は思いとどまります。しかし、弁慶ほどの者が、聞き逃げは無念と、かえって討ち取る決心を固めて、五条橋へ向かいます。

<中入>五条の橋で化生の者にあって逃げて来た人が、馴染の人に出会い、その恐ろしかった体験話をしますが、かえってその臆病ぶりをからかわれます。やがて母の命により、また明日からは鞍馬山へ上ることとなった牛若丸は、今夜を名残りと、足音も勇ましく五条橋へ出て、通る人を待ちかまえます。そこへ鎧に身をかため、大長刀を肩にした弁慶がやって来ます。弁慶は、女装をしている牛若に気をゆるめて、通りすぎようとすると、牛若は長刀の柄を蹴り上げます。怒った弁慶が、斬りかかりますが、牛若の秘術に翻弄されます。弁慶は、牛若と聞いて降参し、主従の契りを結んで、九条の邸へお供します。

見どころ

能といえば、前場は神や幽霊が化身で登場し、後場でその本体を現すというパターンが多いのですが、それとは別に、現実の人間がシテとして登場し、現在進行形で事件を描いてゆく〈現在物〉と呼ばれるグループがあります。この能は「正尊」「安宅」などと共に、豪勇で知られた弁慶をシテとした現在物の代表曲です。普通知られている話では、弁慶が良き主にめぐり会うため、千本の刀を集めるべく五条の橋に出没したのに対して、能では、牛若の方が通行人を斬って廻ったことになっています。そして、弁慶をシテにしながら更に強い牛若を中心に描いているのが特色です。長刀を揮(ふる)う弁慶と小太刀であしらう牛若との斬組が見どころです。この能にはワキはありません。

備考

「笛之巻」の小書になると、前場がすっかり変り、前シテ常盤御前、ワキ羽田秋長が出て、弘法大師伝来の笛を牛若に見せて教訓する場面になります。観世流のみにある演出です。常の「橋弁慶」ですと、後場に登場した牛若丸が「さても牛若は母の仰せの重ければ、明けなば寺に登るべし」という述懐が唐突に浮き上がっていますが、「笛之巻」ですと前後がうまく照応します。

なお当時の五条通りは、現在の松原通りであったとの事です。

解説文:権藤芳一氏

その他の上演