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第11回 海士(あま)(文化会館)

あらすじ

房前(ふさざき)ノ大臣は、讃州(香川県)志度(しど)の浦で没したという亡き母の追善のため、従者を伴って、はるばるその土地へやって来ます。すると一人の海士が来たので、従者が、女に、水底に映る月を見るために、海松布(みるめ)を刈るようにと命ずると、女は、昔も、名珠を海底から取りあげるためにもぐった事があるといいます。従者はこれを聞き咎め、その故事を詳しく語らせます。―昔唐土(もろこし)から三種の宝が贈られたが、そのうち面向不背(めんこうふはい)の玉だけが、この浦の沖で龍宮に取られてしまったので、藤原淡海公が深く惜しまれ、身をやつしてこの浦に下り、海士乙女と契りをかわし、その玉を取り返してくれるように頼みます。海士は、我が身を犠牲にして玉を取り返し、その功によって自分の子が世継となり、房前ノ大臣になったと語ります。更に龍宮から玉を取り戻した時の有様を仕方話で語り、自分こそその海士の幽霊であると明かし、海中に姿を消します。

<中入>大臣は、浦の者からも玉取りの次第を聞き、亡母の残した手紙を読み、十三回忌の追善供養を営みます。読経のうちに、亡霊は龍女の姿で現れ、法華経の功徳で成仏出来たと喜び、舞をまいます。

見どころ

海士が命がけで海中から宝を引きあげたという物語を、仕方話として再現するのが主眼ですが、子ゆえに命を捨てた母親の愛情、亡母を慕って避地へ赴く子供の至情がうまく統一されています。法華経による女人成仏という後段の主題は、全体の構成から見るとむしろ副次的です。

広くいえば"母もの"で、母性愛を強調していますが、「隅田川」「百万」のように我が子を失って心を乱す母でも、「大仏供養」「谷行」のように我が子の冒険的な企(くわだて)を阻止する母でもありません。我が子の出世のために、自分の命を捨てて千尋(ちひろ)の海に飛び込むという、誠に雄々しい愛を持つ強い性格の母親です。ですから、女シテでありながら優美な〈序之舞〉をまう鬘物や、子のため恋のために狂乱する狂女物の主人公ともちがい、前段では〈玉之段〉と呼ばれる詞章にあった激しい型を演じ、後段は龍女となって成仏できた海士が本来身分の高い貴公子の颯爽たる舞である〈早舞〉をまうというように、終始鮮烈な動きを見せます。

備考

間(あい)狂言の説明によれば、唐から贈られた三つの宝とは、
① 華原磬(かげんけい)という、一度打つと袈裟をかけるまでは妙音が鳴り止まぬという楽器
② 汜浜石(しひんせき)という墨をすれば自然と水がしみ出す硯
③ 面向不背(めんこうふはい)という、玉中の釈迦の像がどこから見ても同じに見える名珠です。
観世流以外では「海人」の字を当てています。また古い書物では、蜑、白水郎、泉郎などの字を当てています。

解説文:権藤芳一氏

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