過去の演目
第3回 天鼓(てんこ) 弄鼓之舞(阿紀神社)
あらすじ
昔、中国に王伯(おうはく)王母という夫婦がいました。妻は天から鼓が降り下り、胎内に宿る夢を見て一子を生み、その名を天鼓とつけました。その後本物の鼓が天から下り、その子供の手に入ります。それは実に美しい音を出します。その噂を伝え聞いた天子が、鼓を献上するように命じます。少年はそれを拒んで山中に逃げたが、探し出され、鼓は召し上げられ、その身は呂水(ろすい)に沈められてしまいます。宮中に運び込まれたその鼓は、その後、誰が打っても音を出しません。(この能はここから始まります)そこで、勅使が少年の老父のもとにつかわされ、宮中へ来て鼓を打つように命ぜられます。愛児を失った老父は、日夜悲嘆にくれていますが、勅使を受け、自分も罰せられる覚悟で参内します。恐れかつなつかしむ心で鼓を打つと、不思議にも妙音を発しました。この奇跡に、天子も哀れを感じ、老父に数多の宝を与えて帰らせます。
<中入>そして天鼓のために、呂水の堤で、追善の管絃講(音楽法要)を行います。すると天鼓の霊が現れ、今は恨みも忘れて手向(たむ)けの舞楽を謝し、自ら供えられた鼓を打ち、楽を奏し、喜びの舞をまって興じます。
見どころ
親子の愛情と名器の神秘を主題とした作品です。二段構成の作品ですが、前後でシテの人物もかわり、情趣も一変します。子を失った老人の悲しみを描いた前場は、単に後の場面の説明である以上に、一つの劇としての内容と重みをもっています。三ノ松に立っての老人の悲しい心境を謡う部分、ワキから勅命を伝え聞き、ためらいながら参内する件(くだり)、繰り言を述べながら奥殿へ進み、気を取り直して鼓を打つ―いずれも深い陰翳(いんえい)をもった所作が続きます。そして後場の颯爽ともいえる歓喜に満ちた少年天鼓の舞とは、静と動、暗と明、悲しみと喜びと見事に照応し合っています。
前段の悲しみに打ち沈みながらも憤りを表さない老父、後段の、ただ一度の回向(えこう)をありがたがる少年――この二人の態度には、今日からすれば反抗らしい姿勢は見当たりません。しかし、むしろそうした政治性を超越した、父と子の魂のふれあいと、おのれの芸術の勝利をうたい上げたと見るべきでしょう。天鼓は鼓の名であると共に少年の名でもあり、それは芸術の象徴でもあります。芸術は権力によって左右されず、真にそれを理解してくれるものだけに語りかける――そういう解釈も成り立つ訳です。
備考
「天鼓」と「藤戸」は、晩年、将軍に冷遇され、愛児十郎元雅を不遇のうちに死なせた世阿弥が、思いをこめて書いたものだという出来すぎた話で、戦後評判になったことがありました。