過去の演目
第19回 船弁慶(ふなべんけい) 前後之替(文化会館)
あらすじ
源義経は平家追討に武功を立てますが、戦が終るとかえって兄頼朝から疑いをかけられ、追われる身となります。義経は、弁慶や従者と共に都を出て摂津国(兵庫県)大物浦から西国へ落ちようとします。静御前も義経を慕ってついて来ますが、弁慶は時節柄同行は似合わしくないから都へ戻すように義経に進言し、了承を得ます。弁慶は静を訪ね、義経の意向を伝言しますが、静は弁慶の計いであろうと思い、義経に逢って直接返事をするといいます。義経の宿へ来た静は、直接帰京をいいわたされ従わざるをえず、泣き伏します。名残りの酒宴がひらかれ、静は義経の不運を嘆きつつ、別れの舞をまいます。やがて出発の時となり涙ながらに一行を見送ります。
<中入>弁慶は出発をためらう義経を励まして、船頭に出船を命じます。船が海上に出ると、にわかに風が変わり激しい波が押し寄せて来ます。船頭は必死に船をあやつりますが、吹き荒れた海上に西国で滅亡した平家一門の亡霊が現れます。中でも平知盛の怨霊は、自分が沈んだように義経を海に沈めようと長刀を持って襲いかかって来ます。義経は少しも動ぜず戦いますが、弁慶は押し隔てて数珠を揉んで祈禱します。折られた亡霊はしだいに遠ざかり、ついに見えなくなります。
見どころ
作者の観世小次郎信光は、世阿弥の甥・音阿弥の子です。彼は世阿弥が〈幽玄の美学〉によって高い密度で完成させた能を、もう一度脱皮させ大衆へ近づけようと意図しました。演劇的な技巧を駆使し、能舞台をぎりぎりまで使い、シテ一人主義の夢幻能とはちがった、登場人物も多く、劇的な葛藤を盛り込んだ作品を書きました。
この作品では、ワキは単なる物語の引き出し役といった旅僧ではなく、ストーリーの展開の上で主導権を持っています。アイも前後の場をつなぎ、シテが装束をかえる間 所の者として居語りするのでなく、船頭として劇の中にとけこみ、仕所もたっぷりあります。そしてシテは、二場形式でありながら前後の役が化身と本体という関係にあるのでなく、静御前と知盛の亡霊という全く異った人物として登場します。悲運の武将と彼を慕う美女との別離の宴が、一転して嵐の海上に怨霊と戦う激しい場面に変わります。前段の優麗、哀愁と、後段の勇壮、活発と対照させ、前場では舞、後場では舞働と、盛り沢山の見せ場が用意されているので、現行曲中屈指の人気曲になっています。
備考
静の舞は、「今日を限りの、心に染まぬ舞をまうのであるから、あまり浮いてはいけない」とか、「別れを惜んで長く舞いつづけたい心である」といった口伝があります。