過去の演目
第9回 舎利(しゃり)(阿紀神社)
あらすじ
出雲国(島根県)美保の関の僧が、都を一見しようと京都へ上って来ます。そして、唐から渡ったという十六羅漢や仏舎利を見ようと、東山泉涌寺(せんにゅうじ)にやって来ます。寺男の案内で、仏舎利を拝んで感激していると、寺の近くに住むという男がやって来て、一緒に舎利を拝みます。そして仏舎利のありがたい いわれを語っていましたが、にわかに空がかき曇り、雷光がひらめくと、里人の顔は鬼と変り、自分はこの舎利を望んでいた、昔の足疾鬼(そくしっき)の執心であるといい、仏舎利を奪い、天井を蹴破って虚空に飛び去ってゆきます。
<中入>僧は、物音に驚いて馳けつけた寺男から、釈迦入滅の時、足疾鬼という外道が、釈迦の歯を盗んで飛び去ったが、韋駄天(いだてん)という毘沙門の弟の足の速い仏が取り返した、という話を聞きます。そして、二人して韋駄天に祈ると、やがて韋駄天が現れ、足疾鬼を天上界に追い上げ、下界に追いつめ、仏舎利を取り返します。足疾鬼は、今は力も尽き果てて逃げ去ります。
見どころ
この能は、仏歯をめぐる足疾鬼と韋駄天の争いを見せるのが眼目です。それを釈迦入滅の時に起こった事件をそのまま再演するのでなく、足疾鬼の執心が残って、昔と同じ事件が日本の泉涌寺で起こった、という形にしてあります。
足疾鬼は外道とはいっても、仏法に仇をするのでなく、釈迦にあこがれせめて仏歯なりとも戴きたいと思って盗むので、あまり憎めません。この能全体が大人の童話といった感じで、無邪気な能に仕上がっています。前場の中程まではあまり型はありません。クリ、サシ、クセは下居のままです。仏法の東漸、仏舎利礼賛で、文章は洗練されており、むしろ聞きどころです。次にくる波乱を活かす伏線でもあります。中入前は大活動です。正体を見せた心で立ち、一度橋掛りへゆき、舞台を見込み、一気に一畳台へ上って、仏舎利を盗み、これの置いてあった舎利塔を象徴する台を踏み砕き、蹴飛ばして走り込みます。能にしては あまりの荒々しい所作にびっくりしますが痛快です。後場は、鬼の本性を見せた足疾鬼が仏舎利を抱え、先ず追われた心で現れ、舞台で袖をかついで隠れます。続いて韋駄天が走り出て、〈舞働〉は二人の追いつ追われつの心を見せます。正先(しょうさき)に置かれた一畳台を巧みに使っています。〈イロエ〉は、やや疲れた足疾鬼がさまよい巡る感じを表現しています。
備考
間語(あいかた)りの中でも述べられているように、釈迦入滅の時、足疾鬼から韋駄天が取り返した仏歯は、その後、湛海(たんかい)の手によって我が国に伝わり、浄住寺に納められました。以来浄住寺の境内に泉が涌いたので泉涌寺と改名し、仏歯を寺宝としたと伝えられています。