過去の演目

第1回 羽衣(はごろも) 和合之舞(阿紀神社)

あらすじ

駿河国(静岡県)三保の松原に住む白龍(はくりょう)という漁師が今日も釣にやって来ます。そして、のどかな浦の景色を眺めていると、いい匂がするので、あたりを見廻すと、一本の松の木の枝に、美しい衣が掛っています。家の宝にでもしようと、持って帰りかけると、一人の女性が現れて呼び止め、それは自分のものだから返してほしいと頼みます。その女性が天人であり、その衣が天の羽衣であることを聞かされた白龍は、そんなに珍しいものかと喜び、国の宝にしようと返そうとしません。天人は、羽衣がなくては天に帰れないと、空を仰いで嘆き悲しみます。その姿があまりに哀れなので、白龍は、羽衣を戻すかわりに、天人の舞楽を見せてほしいと頼みます。天人は喜んで承知し、羽衣を着し、月世界における天人の生活の面白さや、三保の松原の春景色を賛えた――後の世に「駿河舞」として伝えられる舞をまいながら、天空へと上ってゆきます。

見どころ

能の中で、これほど一般的に知られている曲はありません。人形やポスターに取り上げられるのも、能の中では随一です。中学や高校の国語の教科書に採用されるのもこの曲が一番多いようです。あまり有名すぎて、かえって月並と思われ軽く扱われがちですが、やはり人気曲になるだけのすぐれた内容と形式をかねそなえた曲なのです。

原拠になった「羽衣伝説」は日本の諸地方にも、また「白鳥伝説」としてヨーロッパ各地にも広く流布しています。しかし、それらはみな、漁夫(または農夫)が羽衣を返さないので、天人はやむをえず男の妻となり、子供も出来たのち、隙をねらって羽衣を取り返し、昇天することになっています。ところが能では、漁夫が天人を哀れんで、自ら返し与えるように純化されています。衣を戻す時、天人が衣がなくては舞えないというと、白龍は、衣を返すと、そのまま舞わないで天へ逃げるだろうという。それに対して、天人が「いや疑ひは人間にあり、天に偽りなきものを」と答え、白龍も素直に〽あら恥かしや」と羽衣を返します。このやりとりも、「羽衣」という能を格調のあるものにしています。

三番目物は、歴史上有名な人物や物語の中のヒロインをシテにするのですが、この曲では、人間でなく天人がシテです。ですから「此の能五番目の能なり、近年三番目にもする」と記している古書もあります。夢幻能の形式はとっていませんが、春の日の白日夢といった能であり、三番目物の中で珍しく華やかな祝言の趣を持った曲です。

備考

シテが幽霊でなく、事件の進行が夜でなく、朝から昼にかけてという三番目物はこの曲だけです。「熊野」(ゆや)は昼から夕方の出来事です。

解説文:権藤芳一氏

その他の上演